解説
 「映画のフィルムが縦横無尽に動いているさまを見せたい」という宮崎監督の構想のもと、三鷹の森ジブリ美術館の常設展示室「動きはじめの部屋」に「フィルムぐるぐる」という特殊映写機が設置された。実に124個ものリールの上を、全長80メートルのフィルムが1秒間に24コマの速さで回り、3ヶ所のスクリーン上で短編アニメーションが映し出されている。スクリーンの他にも、フィルムに後ろから直接ストロボ光をあてることで1コマの中で絵が動いて見えるポイントが3ヶ所あり、フィルムの流れる速度(毎秒24コマ)より少し遅くずらして光を明滅させる(本来毎秒24回明滅させるところを毎秒23.3回明滅させている)ことでフィルム自体も流れて見えるようになっている。
 この「フィルムぐるぐる」のために制作された短編アニメーションは全部で8作存在する。2001年10月1日、美術館の開館とともに『華麗なる舞踏会』、『ランプータンの冒険』、『魚の魚』の3作が公開され、1本のフィルムに繋ぎ合わされてエンドレスで連続上映された。2002年11月27日には『タコレーター』、『ぴよぴよバーバ』、『ぼうぼう君』の3作が追加され、2005年3月には効果音が付けられた。2007年4月18日にフィルムが入れ替えられ、『マダラン界』のみが連続で上映された。2008年11月17日に再度フィルムが入れ替えられ、現在まで『進化論』が上映されている。『マダラン界』と『進化論』には効果音は付いておらず、他の効果音付の6作は同じ展示室内に設置された別の映写機を使ったミニシアターにて上映されている。
 スタッフの詳細は資料が少ないため不明だが、監督、脚本(実質的な絵コンテ)は宮崎駿、原画は田中敦子、動画は土岐弥生、色指定は保田道世がそれぞれ担当したことは判明している。「絵が動いて見えることの楽しさ」という展示室のテーマに沿って制作されただけあって、動きが非常に滑らかであり、秒単位の作画枚数も多いと思われる。また、『進化論』以外は各作品とも始まりと終わりの絵が同じであり、映像が無限にループしていくようになっている。
各作品のあらすじ・解説
華麗なる舞踏会(2001年10月1日公開/1回約25秒)
 白いドレスを着た人形が、静止状態から高速で回転し、また静止状態に戻る。これをエンドレスで繰り返す。人形が回転している時はドレスのスカートが何重にも舞い上がるのだが、その様子は回転の速さに合わせて非常にうまく表現されている。
ランプータンの冒険(2001年10月1日公開/1回約39秒)
 レトロなオープンカーの上で、悪役が主人公(名前がランプータン?)と殴り合いの喧嘩を繰り広げ、車から放り投げてしまう。その後、主人公のガールフレンドに迫るが、彼女は足を悪役の顔に押し付けて必死に抵抗する。そうこうしているうちに、主人公が後ろから猛スピードで走って追いかけてきて、悪役の上に飛び乗り、ガールフレンドと喜びの抱擁をする。そこへ悪役が二人を引き裂くように再び登場し、再び主人公と殴り合う。
 手足が伸縮し、デフォルメされたその登場人物の動きは1920年代のアメリカのアニメーションを彷彿とさせる。
魚の魚(2001年10月1日公開/1回約36秒)
 一匹の小さな白い魚が泳いでいるところへ数匹の赤い魚がやってきて、そのうちの一匹が白い魚を食べてしまう。そこへ大きな魚が登場して赤い魚を食べてしまうが、さらに大きな魚が現れて赤い魚を食べた魚を食べてしまう。そして次々により大きな魚が現れては、食べては食べられるを繰り返す。最後に一番大きな白い魚が登場し、緑の魚を食べた後に画面奥に向かって泳いでいく。画面奥に遠ざかった分白い魚は小さく見えるようになるのだが、この魚は一番最初に登場していた白い魚だった。再びこの魚を赤い魚が食べ、以後食べては食べられるの無限ループになっている。遠近法をうまく利用したユニークな作品である。
タコレーター(2002年11月27日公開/1回約36秒)
 水中にある階段を、タコが画面左下から右上へ昇っていく。タコの足の複雑な動きと水のゆらぎがうまく表現されている。
ぴよぴよバーバ(2002年11月27日公開/1回約12秒)
 「千と千尋の神隠し」に登場する湯婆婆が、正面を向いて口をあけて大笑いし、180度回転して後ろ向きになった時に髪の毛の中から小鳥が出てきてピヨピヨと鳴く。小鳥が髪の毛の中に引っ込むと、湯婆婆は再び180度回転して正面を向き、大笑いをする。
ぼうぼう君(2002年11月27日公開/1回約16秒)
 火の悪魔「ぼうぼう君」が石炭を次々に食べていく。この火の悪魔が物を食べる描写は、後に「ハウルの動く城」に登場するカルシファーに活かされることになる。
マダラン界(2007年4月18日公開/1回約1分22秒)
 砂の上に緑色の粒が幾つか散らばっており、それらが次々に合体して「ミトコンドリラ」という生き物になる。ミトコンドリラは「はむし」というダンゴ虫に似た黒い虫を飲み込み、「みみーず」というミミズのようなピンク色の虫になる。みみーずは画面奥に向かって移動するが、その際に黒いフンをする。フンは足が生えて「ふんばしり」となり、ちょこまかと辺りを動き回るが、同時に雨が降ってきて、水溜りが広がってふんばしりを飲み込んでいく。最後まで残った1匹のふんばしりが水から逃れるように地面の中に潜ると、辺り一面水浸しになり、「テダア」という怪物が水溜りを泳ぐ。やがて水が引くと、ふんばしりが潜ったところから「まんどらごら」という草が生えてきて、もの凄いスピードで成長していく。まんどらごらの茎がアップになり、「ニュロ」というたくさんの小さな白い虫が花に向かって歩いていくが、「もぐ坊」という生き物もニュロを食べながら花に向かって移動してくる。もぐ坊が花の中に入ると、花には「あおイチゴ」という実ができ、地面に落下して砕け散る。砕け散ったあおイチゴは緑色の粒になり、それらが合体して再びミトコンドリラになる。以下、同じ映像が繰り返される。
 『マダラン界』は従来の作品よりも上映時間がずっと長く、上述のあらすじで紹介した生き物以外にも様々な生き物が登場しては面白い動きを見せてくれる。
進化論(2008年11月17日公開/1回約2分44秒)
 海の中、泡から古生物が誕生し、魚へと進化する。そのうち、この作品の主人公となる1匹の魚が大きな魚に追いかけられ、食べられそうになるものの陸に上がって難を逃れる。陸に上がった主人公は蛙へと進化するが、追いかけてきた大きな魚も蛙に進化し、2人で競走しながら魚からトカゲ、トカゲから恐竜へと進化する。主人公は小さな草食恐竜になったが、競走相手は大きな肉食恐竜となり、再び追いかけられる。逃げている途中、主人公は恐竜からネコに変わるが、湖の中に潜ってまたも難を逃れる。追いかけていた肉食恐竜は大型の鳥になって去っていく。湖から出てきた主人公はネコからサルへ変わり、やがて二足歩行となって険しい山道を登っていくが、頂上付近で完全に人間の男の子になる。頂上にはおにぎりを食べている人間の女の子が座っていて、主人公の男の子が花束を渡すと彼女の服装がウェディングドレスに変わり、ハッピーエンドとなる。
 『進化論』の上映時間は『マダラン界』のそれの2倍で、「フィルムぐるぐる」で上映された短編アニメーションの中で最長となっている。同じく2008年に公開された「崖の上のポニョ」と似たような絵柄になっていて、生物の進化の歴史をユニークな形で描いている。従来の作品は始まりと終わりが同じ絵になっていて、映像が無限ループしていく仕掛けになっていたが、この作品は始まりと終わりがはっきりしている。後に「借りぐらしのアリエッティ」の監督に抜擢された米林宏昌が自ら申し出て、一人でアニメーションを制作した。
スタッフ
監督・脚本(絵コンテ) 宮崎駿
原画 田中敦子
動画 土岐弥生
色指定 保田道世
サウンド・プロデューサー ミト(クラムボン)